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■加藤賞

■沿革

神経放射線加藤賞の生い立ち

 ごく簡単に申しますと、加藤賞は故加藤俊男教授(慶応義塾大学放射線科)が日本に神経放射線の専門学会がないことを憂えて学術集会の創設に努力し、学会創立後はこれを社団法人とし、確固たるものにしようと私財投じ基金を作り文部省に申請をしたが、なかなか上手くゆかずその中に加藤先生が没せられたため、その意志を汲んで長年の盟友ともいえる故工藤達之教授が、その基金をもとに加藤賞を作り神経放射線の分野の若い研究者に授与する奨励賞としたものであります。

 加藤賞の由来を述べるには昭和30年にさかのぼる必要があります。場所はパリで第2回神経放射線の国際学会に加藤先生が出席された時、友人のFishgold教授から日本も神経放射線学会を発足させる時期に来ているのではないかとすすめられ、加藤先生も常日頃思っていたことなので、やってみましょうと答えた。帰国後早速動き始め学内の友人である工藤先生に話をし、その全面的支持の約束を得てスタートされた。昭和34年5月に大阪大学の立入教授にお会いし、神経放射線学会の設立の必要性について話をするとともに、自分は非力であるから是非先生のご協力をお顧いしたいと述べた。これが発端となって昭和34年10月に東京、信濃町のワックスマン財団で加藤先生が中心となり、小人数の会合が持たれ学会を作ることが合意され、昭和34年11月には東京、学士会館で準備委員会が開催された。これらの会合には原一夫先生がメンバーとして参画されておられた。そこで第1回神経放射線懇談会が東京大学好仁会で開催された。

 この会はその後神経放射線懇談会から神経放射線学会と名前を変えている。この間の会の運営費、印刷、通信費、英文抄録誌などの発行はすべて加藤先生が私財を提供された。しかし、申請はなかなか上手くすすまず、関係者は焦慮していた。その最中、昭和43年初めに加藤先生は急病を発せられ、4月に病没されたため工藤先生が、会の事務局を引き継がれて基金の果実をもって神経放射線学会を運営されましたが、経済情勢の変化とともに運営が難しくなり会費を徴収して会を運営することになった。その際、加藤先生が残された社団法人の基金をもととして加藤賞を作る事を工藤先生が提案され、この賞が設けられた。

元・加藤賞選考委員会
吉井 信夫